短歌の話(9/3〜10)

 去年の夏ごろ、ねむらない樹vol.8(第四回笹井宏之賞発表号)を買った。わたしはその年の春から短歌に触れはじめたので、新人賞の発表号を読むのはそれが初めてだった。そこで紙面に掲載されていた作品は最終選考通過作も含めてだいたい読んだのだけど、佐原キオ「みづにすむ蜂」だけは旧仮名への苦手意識から読めなかった。

 それ以降、なんらかの機会に佐原の作品を見かけることがあっても、ずっと回避してしまっていたのだけど、先日、過去の受賞作をふたたび読もうと思って「みづにすむ蜂」にもう一度トライしたところ、あんなに逃げ回っていたのが嘘みたいにするする読めて(たぶん最近集中して藪内や岡井を読んでいたおかげだと思う)、平日の夜にめちゃめちゃテンションがあがった。

ひねりでも貰はねばやつてられんな。夏という柑橘かをる檻

謝るならそもそもするながよくわからないまま生き、そして花を燃やす

もういちど琥珀になれば。おしまひの一日のおしまひにする自慰

深いつてすぐ言ふやつのあさいあさい朝浅瀬でしほひがりしよつか

あきらめといふラメがあるなら足先に塗りたくつて闊歩しようぜ浜辺

 読めたことへの感動もあったけれど、それぞれの歌の完成度の高さと面白さにとにかく驚かされた。また、一首のなかでの旧仮名の配置と比率、選択されたモチーフによって、主体の年齢感がぐわんぐわん上下するように感じられたのも自分にとって新鮮な体験だった。

 一首目。上の句、夏というだるい季節への毒づきが、チャーミングかつユーモアのあるかたちで表現されている。夏に対して「柑橘かをる檻」という詩的な飛躍もすごい。

 二首目、「謝るなら(6)・そもそもするなが(8)・よくわからない(7)・まま生きそして(7)・花を燃やす(6)」の韻律で読むのがいいのだろうか。四句目以外すべて定形の音数から逸脱しているのにリズムよく読めるのが不思議。

 三首目、琥珀はなにかの暗喩?とも考えたけど、宝石そのものとも読めそうだしそのほうがなんだか自然な気もする。三句目以降が、おそらく新仮名で書くとすごく下品になるのに、旧仮名で書いていることによって逆にお上品なユーモアみたいになっている。

 四首目、これが一番好き。「浅い」「朝」「浅瀬」というおなじ音の言葉がシームレスに繋がって良いリズム感を保ちつつ、意味的に無理のない(むしろおもしろい)言葉遊びが成立している。

 五首目、これも言葉遊びの歌。連作のなかではかなりフレッシュな味わいがある。「闊歩しようぜ浜辺」で、ギラギラにラメを塗りたくった足でサンダルを履いた若者が駆け出していく爽やかな絵が想像できる。

 以上、新たにいい連作に巡り会え(ついでに自分の成長も感じられ)、週の真ん中にとてもハッピーな気分になった。のど笛に載っている連作もこんど読もうと思う。

 

 現代短歌のバックナンバー(no.86)を読んだ。特集は「Anthology of 60 Tanka Poets born after 1990」という企画で、若手歌人60人の自薦10首が掲載されているコーナーと大森静佳・藪内亮輔による対談の2本立て。前者については結構な量で、ぜんぶ読み終えるのにだいぶ時間がかかった(60人×10首=600首なのでそれはそうだ)。対談では、掲載された歌のなかから、大森と藪内のそれぞれが良いと思った歌が10首ずつ引かれており、それらの歌をもとに議論を進めていく内容になっている。……わたしもこれやってみたい。

書くことでやっとあたしは出会わせる少女のあなたと少女のあたしを/山中千瀬

こゑにては筋に勝てねば唇に蜂とまりゐるごとき黙秘を/小原奈実

アヴァロンへアーサー王をいくたびも送る風あり千の叙事詩に/川野芽生

天国は性暴力がないところ/性暴力をしてよいところ/三上春海

野良猫を抱き上げるときわれは崖 われは崖 風に額さらして/睦月都

幸福な国で幸福なのはだれ 付箋のように空剥がれそう/橋爪志保

セブンティーン・アイスの自販機をだれが使うんでしょう真冬の駅で/安田茜

光を逃がす鳥葬としてキャンドルは、こころは燃え方を選べない/佐原キオ

本気のわたしの本気はあなたに見えなくてわたしの座っている夏の床/乾遥香

浴槽に降り積もる雪 うつくしいのは生活をあきらめたから/田村穂隆

 ということで、紙面に並んでいた歌のなかから、わたしがこれはと思った歌を10首選んでみた。短歌史のなかでの意義とかはとくに考えておらず(というかそんなものはまだ勉強不足でわからない)、完全にわたしの好みである。

 10首のなかでも特にいいと思ったのが川野芽生。華々しい名詞が怒涛のように押し寄せてくる。川野の短歌作品はほとんど読んだことがなかったのだが(前提知識がないと十分にたのしむことができない作品が多い印象があった)、掲出の歌を読んで『Lilith』もトライしてみようという気になった。

 あと、小原奈実、三上春海、睦月都についても、これまでに名前は見たことはあったけれど、短歌については触れたことがなかった。今回の特集で、わたし好みの歌を作る人だとわかってとてもよい収穫だった。